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前のブログで、「私には絶対方向感があり、一度行ったところへは地図無しでたどり着ける。」と書いた。
しかし、「3年前のことだ。ただ記憶が残っていただけなんだろう。」と言う人があるかもしれない。
確かにその通りである。
けれども、これを聞いてもらえれば、「私の絶対方向感を確信して戴ける」取って置きの話がある。
オランダのアムステルダムのお話である。
その観光名所の一つに、「アンネ・フランクの家」がある。
私が初めてそこを訪れたのは、1974年、今から37年前のことだ。
2度目に行ったのは2004年のことで、その間30年隔たっている。
その二回目の訪問の際に「家」の前に立った時、風景が前に見たのと少し違うことに気がついた。
右斜め前方� ��大きな教会の屋根が見える。
正面から教会に向かって臨む角度が前より少し大きくなっている。
家の中に入っても、何となく前と微妙に違う。
そこで、係の人に「30年に来た時と様子が違うと思うんだけど、何か変わっていることはないのか?」と尋ねた。
すると「この家は本物の家の一軒隣である。アンネが住んでいた家は観光客の出入りで痛んできて保存が困難になり、教会から離れた側の隣の家を公開している。」との返事であった。
それから7年経っているが、おそらく本物はもう公開されることはないと思う。
それを確かめに2~3年後にオランダを訪れたいと思っている。
ともあれ、恒久的だか一時的だかは不明だけど、少なくとも2004年の頃は「お隣さん」が公開されていたのだ。
� ��が調べた限りでは、ガイドブックにもインターネットの書き込みにも、この事に触れたものはない。
ネガティブな事柄を誰も公にしない(それ以前に、この事実を知らない)からであろう。
すなわち、これを知っているのはオランダ政府の文化庁・観光局の職員と近所に住む極く一部の人しかいないことになる。
日本人では、私一人かもしれない!!
逆に言えば、嗅覚がするど過ぎて知らねばよかったことを知ってしまい、夢を壊してるのかも?!
2011年11月18日 旅のパーツ トラックバック:0 コメント:0
今年の旅行でも、ご他分に洩れず、様々なハプニングに遭遇した。
その中でも、皆さんは滅多に体験しないであろう「ホトンド私だけの出来事」について書いてみよう。
まず第一の大事件は「持って行ったパソコンが旅の初めに壊れてしまったこと」である。
親しい人へ送った絵葉書に「パソコンが使えないことを除いては、旅は順調です。」と書いた。
しかし、これは本音ではない。
パソコンが使えないことは、私にとって「旅の楽しみを半減する」程の大きな痛手なのである。
ともかく、ブログが書けない。
さらに、交通・気象などのリアル・タイムの貴重な情報が得られない。
さらにさらに、ウオークマンの充電ができない。
この不便を解消するために、日本語が使えるコンピュータ を置いているインターネット・カフェを探す。
そんなものが見付かるはずがないと思いつつ、奇跡が起こることを一縷の望みにして街をさまよい歩くことになる。
こうして、イライラしながら時間と体力を無駄に消耗してしまう。
予定していた観光がこなせない。
ストレスが溜まること、この上なしである。
結局、プラハでもブダペストでも、日本語が使えるコンピュータには巡り会えなかった。
ようやく私の条件に合うコンピュータに出会ったのが、旅行開始6日目のウィーンのインターネット・カフェ。
このカフェは、3年前に使ったことがある。
その時コンピュータを持っていたが、ホテルに無線LANが無かったので、やむを得ずそこでブログを書いた。
今回は無線LAN完備のホテルを予約し ていたので、まさかここを使うとは予想だにしていなかった。
ウィーンは3回目で、かつ2泊しかしない予定だったので、カイドブックは持ってきていなかった。
ということは、店の名前も、所在地も全く分からない状況だった。
では、どうしてこのカフェにたどり着けたのか?
ここから、私の真骨頂を発揮する。
私は、例えそれが何十年前であろうとも、自分で探しながら歩いた道はくっきりと思い出すことができる。
まるでVTR、いや今ではDVDかな(?)、を再生するが如くに。
私の本能は「先ず地下鉄に乗って『カルルス・プラッツ』まで行け。そしてリング(ウィーン旧市街の環状道路。トラムも走っている。)の内側に入れ。そこから東に2筋歩き、左折して北へ3筋歩け。赤っぽい建物で行き止ま っているから、そこを左折しろ。カフェは左手にある。」と言っている。
その通りに歩いてみた。
東に一筋歩いたところで左を見たら、見覚えのある風景が広がっていた。
ここの一筋は「普通の一筋」よりも遙かに長いので、2筋と勘違いしていたようだ。
あとは本能の命ずるままに歩き、一発でカフェが見付かった。
私は、常々、「私には、犬と伝書鳩との本能が兼ね備わっている。」と豪語している。
地図とコンパス(方位磁石)が有れば、世界中のどこへでも行ける。
一度行ったところなら、何もなくても目的地にたどり着ける。
頭の中の映像記憶機能は、下手なコンピュータを上回っている。
これが「どこへ行っても物怖じしない」原動力の一つなのだ。
初めての土地でタクシーに乗って、帰 りは歩くことなどはヘッチャラである。
37年前に歩いた「スイス・グリンデルヴァルトの山道」の道筋もはっきりと憶えている。
私はこのことを「絶対方向感」と言うのだと信じている。
ということで、ウィーンのインターネット・カフェには無事たどり着いた。
後は、チェコ人の友達のコンピュータを借りたり、ローテンブルクのカフェで和文字を打ち込めないコンピュータを使って、ローマ字でこのブログを書いたりもした。
パリでは、たまたまガイドブックで見付けた「日本人専用のインターネット・カフェ」を5回使った。
そういう訳で、今回の旅行では「インターネット・カフェ代」が高くついたヨ。
2011年11月13日 旅のパーツ トラックバック:0 コメント:0
今年(2009年)の旅は、過去16回の海外旅行で間違い無く最良の旅であった。
その理由を列挙してみよう。
(1) 健康に恵まれた。
一ヶ月の旅行中には、「今日は疲れたから、ホテルで寝ていよう」とか「風邪薬を飲んで静養しよう」という日が2?3日有ってもおかしくない。ところが、今年はそのような日が全く無かった。
午前2時に寝、5時に眼を醒まし、風呂に入る。6時半~7時からの朝食を済ませ、直ぐにホテルを飛び出す毎日であり、疲れたという感覚が無かった。
このことが、以下に述べる「全て良し」の結果に繋がったと思う。
(2) 多くの友人を得、多くの人と話ができた。
私の旅の第一目的は、「地元の人と話すこと」および「友を作ること」である。
勿論、景色か良いに越したことはないが、それは二の次である。
今回、現在でもメールを交換している三人の言語関係者に出会った。
一人は日本の方で、「自動翻訳」を研究している学者。
もう一人はドイツ人で、スカンジナビアの少数民族「サーミ人」の言葉についての辞書や文法書を出版している言語学者。
最後は、偶然知り合い、チェコ語の基礎を教えてくれたチェコ人男性。
その他、これから連絡しようとしている「ドイツの室内装飾家の女性」や「ドレスデンの国立美術館に勤めるチェコ人女性」。
旅の途中で会話を交わした「忘れえぬ各国の人々」やこのブログを紹介し� �「日本人旅行者の方々」。